社会の違和感

五十路のひっかかり  vol.01

「石の上にも三年」は、もう古いのか

「石の上にも三年」。そう言われて育った世代だ。けれど最近、その言葉が、自分の中でうまく着地しなくなっている。

初日に、静かに去った人

研修を終えて、いよいよ一人で現場に立つ——その初日の途中で、その人は荷物をまとめ、静かに去っていった。後から聞けば、ずっと前から悩んでいたという。けれど、その「悩んでいる」を、最後まで誰にも言わなかった。

年齢の問題ではないと思う。若い人にかぎらず、いろいろな世代で、似たことが起きている。ニュースでも、入社して数日、数週間で辞めていく人の話を、よく見かけるようになった。

正直に書くと、最初に浮かんだのは「最近の人は、我慢が足りないのかな」という、ありふれた言葉だった。でも、それを口に出す前に、少し引っかかった。本当に、そうなんだろうか。

「最近増えている」は、本当か

気になって、調べてみた。

厚生労働省のデータによると、大学を卒業して3年以内に仕事を辞める人の割合は、直近でおよそ3割。高校卒では4割近い。そしてこの「およそ3割」という数字は、ここ数年で急に増えたものではなく、何十年も「七五三」(中学7割・高校5割・大学3割)と呼ばれて、ずっと続いてきた傾向なのだという。

つまり、「最近増えている」という僕の実感は、感覚としては本物でも、数字の裏づけは弱い。

だとすれば、僕が引っかかったのは「辞める人の数」ではなかった。たぶん、ずっと悩んでいたのに、一言も相談しないまま去っていく、その“声にならなかった時間”のほうだ。

信頼は、ゼロからしか始まらない

介護の仕事を続けて12年になる。デイサービスから始めて、今は重度訪問介護の現場にいる。それなりに長くやってきたつもりだけれど、新しい現場に入るたびに、僕はいつもゼロからだ。

最初は勝手がわからない。物の場所も、その人なりの間合いも、何ひとつ身についていない。だから周りを不安にさせるし、ときには怒られる。陰でぼやかれていることだって、たぶんある。50代になった今も、それは少しも変わらない。

でも、それでいいと思っている。毎日反省して、少しずつ直していけばいい。信頼関係というのは、そうやって日々の積み重ねでしか育たないものだから。一日で作れるものなら、誰も苦労しない。

だから「石の上にも三年」を、根性論として受け取ると、たぶん苦しくなる。耐えろ、我慢しろ、と聞こえてしまうから。でも、こう言い換えてみるとどうだろう。——自分の足場が育つのに、それくらいの時間がかかる、と。三年は、我慢の単位ではなく、信頼が根を張るための単位なのかもしれない。

それでも、「辞めるな」とは言えない

もちろん、合わない場所で、ただ耐えればいいとは思わない。心や体を壊してまで留まる理由はないし、早く見切りをつけるのも、立派な判断のひとつだ。「逃げるが勝ち」が正解の場面は、現実にいくらでもある。

だから僕は、「辞めるな」とは言わない。正直、ここは今も揺れている。三年いれば見える景色があるのも本当だし、三年を待たずに動いて正解だった人がいるのも、また本当だから。

辞めるか続けるか、その前に

ただ、ひとつだけ思うことがある。もし今、現場で踏ん張れずにいる人がいたら。辞めるか、続けるかを決める前に、できることがまだ残っている気がするのだ。

ひとつは、相談できる場所を、ひとつでいいから作ってみること。立派な相手じゃなくていい。「ちょっとしんどいです」と言える誰かが一人いるだけで、見える景色はずいぶん変わる。

もうひとつは、自分のストレスを、どう逃がせば軽くなるのかを探してみること。溜め込む技術ではなく、逃がす技術だ。これは、長く続けるほど効いてくる。

偉そうに書いているけれど、五十路の僕自身、その練習をいまだに続けている。毎日ゼロから、ときどき怒られながら。

「石の上にも三年」は、もう古いのかもしれない。でも、その三年を生き延びるための知恵のほうは、たぶん、今もまだ古びていない。

出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」

文・Totchi(介護福祉士・重度訪問介護支援員)

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